どうも。

最近和装を着始めた飯村です!!

現在パーソナル分析と解析を主体とした人生の経営者を育てる会社を経営しながら、100名以上の社会人サークル

の運営も行っております。


全てのアポイントでは「ご縁」を大切にしながら「目の前に人に全力で貢献」を徹底的に
意識しています。

毎月100人以上のご縁を繋がせています。

弊社のパーソナル分析と解析サービスによって様々な方の人生をたった1か月で人生を劇的に変えています。

10年間鬱で悩んでいた方が今は毎日がワクワクで楽しくなったりや19年間毎日1箱煙草を喫煙していた人が禁煙したり、
人生の行き先を失っていた人が第二の人生の生き方を見つけてもらい人生を変えた人達がいます

まさにLIFE CHENGE!!

そういった教育が認められラジオにて2週連続で特集を組んでいただいたり、

いきなりの出版にも関わらずAmazon電子書籍の教育部門で1位を獲得することも出来ました!!

今に至るまでには様々な苦労がありました。

先ず大きな転機を迎えたのは中学2年生の時でした。
ある日突然クラスの大半からいじめを受けるようになったんです。

最初は「えっ!なんで俺が?何も悪いことしていないのに」という
気持ちでした。

でもそれでは現状が好転する事はなく途方に暮れていた時
何気なく入った本屋さんで浅野美保子さんが書かれている
「あなたは絶対運がいい」という本に導かれる様に買いました。

それまでたった2冊しか読んでいなかった私だけに不思議な
出来事でした。

その本は要は一日一善を大切にしなさいという事が書いてあり
それを実践する様になり最後卒業するころには皆と仲直りして
いました。

また同時期に友人の死などもあり「何の為に俺はは生まれて来たんだ」と考える様になり
ました。そこで一つの結論を付けたのが
人には必ずしも天命を持って生まれて来ているのだという事でした。

そして高校一年生の夏の15歳時にその人生の天命に気づきます。

気づいたきっかけはあるNHKのドキュメンタリー番組を
見たことだった。その番組ではアフリカで貧困に苦しむ子供たちの
映像でした。

それを見た瞬間にすぐに「自分がしたいとのはこれだ!」と
気づいた。全身に雷を受けたような強い衝撃でした。

私の天命は
<世のため人のために働く>

という事でした。

この天命を全うする為、独学で自己コンサルをするようにもなりました。

私は貧困を解消する最善策が食べること、つまり農業だと思い、
農業の技術者として青年海外協力隊あるいはJICAで働く為に
専門性の高い大学に進学しました。

大学2年生の時には親友とメンバー10人を集めて学生起業を
起こしました。単に技術者ではなく祖父の影響もあって経営者という
立場での方がより貢献出来ると考えた為です。

その頃から経営者に色々とインタビューをしながら経営について
学んで行きました。

学生起業で一定の成果を出した後に農学部を卒業し、よりアカデミックに
経営を勉強をしたいと思い商学部に入学しました。

しかし入学した一番最初の講義を受けた教授の履歴と話しを聞いた瞬間に
失敗したと思いました。教授はあくまで評論家で経営の立場ではなかった
事に気づきました。

野球で例えでいうのであればルールはとても良く理解しているが
プレイヤーではない。

なので、商学部での勉強よりも国際協力を勉強しようと世界的に有名な実績のあるNGOに
入り知見と人脈を広げ卒業しました。

そして20歳の時に決めた25歳に会社設立為に一旦会社員の気持ちを理解する為
就職します。

そして22歳の夏に人生2回目の大きな転機が起きました。

経営者インタビューも継続していておよそ100人近くになっていた時に
女性経営者のつながりで世界で活躍する月で3億円の収入を稼いでいる実業家
何十人と億プレイヤーも輩出されている方に30分だけその方の江ノ島の別荘で会える機会がありました。

会った瞬間只者ではないというのは直ぐに分かりました。

スポーツをやっていた方は分かると思いますが上手いプレイヤーは
その雰囲気だけでわかるのと同じような感覚です。

話し方や経験値、雰囲気、実績、人間性どれをとっても今まで会ってきた経営者
凌駕する圧倒的存在
でした。

その経営者からは師匠を付けた方が結果が早く出るよと学び
直ぐに弟子にして下さいとお願いをしました。

しかし物の見事に断られました(笑)

私は食い下がりどうしたら弟子になれますかと尋ねると
「衣食住接近してきたらいい」と返事を頂きました。

その返答を聞いたときは私は簡単だと思いました。
なぜかというと1000万稼いでから来なさいと言われると
思っていたからです。

直ぐに実行に移し次の日には私が当時働いていた茨城の会社を辞めました。
20年以上つづく農業生産の会社でNO2の方が直属の上司で凄く怒られましたけど(笑)

それはそうですよね。1か月後とかではなくその日に辞める訳ですから。
更に辞める2週間前に新しいプロジェクトを自分発信で企画しその上司に粘って要約
判子を貰った次の日のというのもありましたからね。

ただ私のなるべき姿は経営者であり従業員ではなかったので従業員である上司の
アドバイスには耳を傾けませんでした。

スポーツでいうのであれば野球選手になりたいのにサッカー選手のアドバイスは
受けませんよね。

辞めた当日の夕方には茨城から東京に行きました。
住む場所も仕事もお金もない中、熱意だけで品川駅のホームに立っていました。
アーティストやお笑い芸人が夢を追って上京する映画のワンシーンの様な気持ちでした

なんとか2日後住む場所が見つかりその10日後には
仕事も見つかり、少しでだけ資本金を貯めて改めて
その経営者にお願いをして弟子入りさせて貰いました!

師匠に先ずはどいうビジネスが上手く行きますかと尋ねると
「そんなものはないとキッパリ言われました」
私はその答えに衝撃を受けました。

てっきり此れからの時代はネットを活用したビジネスや
高齢化社会だから介護ビジネスなどという回答を予想していたのですが大外れでした。

師匠は続けてこう言いました。

ビジネスは誰がやるかだ」と。

「同じ会社で同じサービスであったとして保険の営業マンでも結果を出す人と
出ない人がいるだろう。つまり飯村くんだからうまくいくんだよと。
だから何をやったとしても成功できる様になりなさい。自分を磨くことが
一番の近い道
だよ」とても分かりやすく今でも鮮明にその言葉を覚えています。

またもう一つそれに続けて言われた一言も衝撃でした。
師匠は「いいかい飯村くん。ビジネスだと思うな人生と思え!
とアドバイスを頂きました。

当時その言葉は私は理解出来ていなかったですが今では良く分かります。

本当に大切な金言を師匠から学ばせて頂き本当感謝しているんです。

話を戻しますがとはビジネスはスポーツであるからまずは
実践して経営を学んだ方が良いからネットワークビジネス
やりなさいとアドバイスを頂きやってみる事にしました。

ただそっからの1年半は地獄でしたよ汗

やってもやっても結果が出ず親友や友達皆周りからいなくり
ビジネス経費で掛かる経費とコンサルティング料で月20万以上で
借金はどんどん膨れ上がり気づいたら300万以上を超え右も左も
向けない状況まで追い込まれ、精神的にもギリギリ
で楽しいと

悲しいと辛いとかそういった感情が顔にでないほどでした。鬱ですね(笑)

食費も毎日100円も食費は出せませんからよくブラックサンダーを
朝昼晩1個づづ食べてなんとか凌いでましたね(笑)

これを私はブラックサンダー事件と呼んでいます(笑)
栄養でなはなくカロリーが大事だと思い込んでましたね汗

生きるか死ぬかという状況追い込まれてやっと本気になりました。
本当に稼がないと死んでしまう!稼ごうと!

でもどうやったらこの現状を打破し上手くいくのかと真剣に考え時に15歳からやっていた
自己分析を思い出したのです。

実は師匠に会い弟子入りした22歳の時まではやっていたのですがそれ以降はやっていなかった
のです。

自己分析の主な内容は【自分と向き合い、本当の自分が求めている人生をみつける】という
ものです。

自己分析を改めてやった結果なぜ上手くいかなかったのか逆に上手くいった部分は
何かハッキリ分かったんですよ。

上手くいかなかった理由は大きく分けて3つありました。

①師匠に依存していたこと
依存していたのでなぜ師匠の言った事を全て鵜?みにしていたとや
結果の責任自分でなく師匠あるいは他人の責任にしていました

②バリバリのFor me精神だったこと
お金がないので余計に相手をコントロールして自分の事だけを考えて
契約するように無理やりクロージングしてました。
それは友達に嫌われますよ(笑)

③これが一番ですが、自分と向き合う時間を作っていなかったことです
成功できる経営者という行き先は決まっていましたが常に自分の
立ち位置を気にしなかった
為に全然違う方向に向かっていました。

旅行で例えるのであれば行き先は沖縄に決めているけど
気づいたら北海道にいってみたいな感覚
です。

逆に上手くいっていた部分が
人を繋げるという事でした。

それで気づいたんです。
何でも紹介出来て稼げる仕組みを作ればいいんだと!
様は総合ブローカーという立場で動けば稼げると思い
確信がありました。

それで総合的なブローカーとして半年で仕組みが
出来上がり稼げる様になったんですよ。

また加えて自分を客観的にみる事が出来る客観分析を
プロから受けてより自分という人間を理解することが出来ました。

この客観分析によって今では相手によって商談のスタイルを変えたり
人生の方向性を決めやすく出来るようになり今の人材教育にも
使っています。

自分のビジネスと同時に会社員(派遣社員)でもあった私は
10人の部下の教育に悩んでいました。
自分は法人営業で年間トップセールスを取る実績を作り
教育にも自信があったのですが結果的に部下は誰一人
目標達成する人がいなかった
んです。

しかし、その客観分析によって次々と目標達成できるメンバー
が出てきて会社員としても成果を挙げられた
んです。

そしてようやく、ビジネスを始めて2年半で会社員を辞めて
起業をし、目標であった25歳までに会社を立てる事が出来ました。

しかし辞めるタイミングと同時期に先輩や同僚、友人から「私も僕も
飯村君みたいに夢を実現したいから成功の秘訣を教えて欲しい」

言わたんです。それが今の人材教育になるきっかけでした。
実際に私が15歳からやって自己コンサルを伝えてみたところ
結果が出るようになりました。

またその時に思い出したのが学校の先生の言葉でした「飯村君は
人に教えるのが上手いし責任感も強いから先生に向いている」と
3人から言われた事を思い出し、人に教える事をビジネスにすればいいんだと!
分かり総合ブローカーからコーチングとコミュニケーション主体の人材教育として形を変えて現在に至ります。

現在はコーチング1級、マスターエグゼクティブコーチプロデュサー(Sランク)とカウンセリング1級、パーソナル診断士、組織士、ヒーリングという資格と実績を元コミュニケーションコーチング育成 として、HiMaWaRi合同会社の代表してビジネスをしています。

2021年より更に活躍の場として、WaLink(前:Global Salon)のコミュニティとコーチングの育成としてヒューマンマーケティングコーチ協会のそれぞれの代表を兼任する運びとなりました。

2024年のテーマは【心で生きる】です!

心で生きる為に今年3つにチャレンジします。

①農業を始める

②AI勉強会コミュニティを創る

③グローバル企業のビジョンマップを作る

今後はより目の前の方に貢献できる自分になる事と
より多くの人生の経営者を輩出して、
弊社のビジョンである「Smile Cycle」を体現して
生きたいと思っています!